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さいたま市緑区馬場1-12-13
048(873)1716
学武磨人の旅 【沖縄】~琉球の地に空手の原点を学ぶ~
一、空手発祥の地 沖縄へ
2026年8月30日(日)
人生初の沖縄へ。
今回の目的は観光ではありません。
沖縄空手の源流に触れること。
これまで研究してきた『武備志』や『手ティー』について、実際に沖縄の先生から学ぶこと。
そしてもうひとつ、琉球八社沖宮への訪問。
かつてご縁をいただき、ブサーガナシーを授与していただいた場所です。
現在、ブサーガナシーは永心武館において武道の守護と道場の象徴として大切にお祀りしています。
今回の沖縄行きでは、そのご縁への感謝を直接お伝えすることも大きな目的でもあります。




~那覇空港には空手着のオブジェもあり、空手発祥の地としてのアピールも大~
1.空港からレンタカーで一路、沖縄空手会館へ。 ⇒ 沖縄空手会館
沖縄空手会館とは『沖縄空手』を独自の文化遺産として、保存・継承・発展させ、〝空手発祥の地・沖縄〟を国内外に発信し、伝統空手の真髄を学ぶ拠点となる施設 となっています。
会館内は道場と展示資料館があり、特に資料館には空手の歴史やまつわる道具などの展示物が多数あって、二時間やそこらでは物足りないぐらいの内容でした。
武道場で稽古をした後なのかコスプレなのか、外国の方が稽古着姿で複数名資料館にいらっしゃり、興味深く資料をのぞき込んでいました。
琉球独特の武術〝手ティー〟は、メソポタミア地方やトルコ地方にあった拳法の技がシルクロードを経て、インド、中国、そして琉球へ渡り〝手ティー〟に影響を与えて〝唐手〟へと昇華されました。その他東南アジアの国々の武術も同様に沖縄空手に影響を与えたと思われます。

~武道場入り口~


~資料館入り口~

~資料館~


~歴代の偉大な先人~

~空手会館名物 〝空手そば〟~
名物空手そばは、鰹だしのスープに腰が入った(空手だけに)麺が特徴だそうで、昆布は黒帯をイメージしているとのことです。
麺も大盛りまで選択できますが、今回は並にて。
おいしゅうございました。
空手会館は豊見城趾公園にあってそこからは見晴らしも良く、景色も楽しめます。
外には特別道場(守禮乃館)があります。特別な演武の時だけ解放されるそうで、写真を撮りに行きましたが、テレビの撮影中で残念ながら近くに寄れませんでした。

~特別道場(守禮乃館)~
2.程なくして会館を離れ、首里城へ向かいます。 ⇒ 首里城 ‐ 琉球王国の栄華を物語る 世界遺産 首里城
琉球王朝時代の武士は現在の空手の源流である〝手ティー〟が必修であることから、この地で稽古に励んでおられたのかと胸が躍ります。
残念ながら守礼門には表題がついておらずでしたが、これはこれで珍しいのではと思います。
正殿は2019年10月31日に焼損しましたが、本年11月23日に再建し一般公開が開始されるようです。
外壁の作りなどからみて戦闘するための城ではなく、やはり守礼の心を感じさせる城で、ここでも〝空手に先手なし〟の礎が見て取れます。
正殿を過ぎて東のアザナまで登ると、琉球の空と海と街が見渡せ、その長い歴史と文化を感じることができました。

~守礼門~

~正殿前の〝奉神門〟~

~改修中の正殿~



~展望台〝東のアザナ〟~
3.首里城を後にし、那覇市内へ向かいます。 ⇒ 那覇市国際通り商店街 -
今回の宿泊地は沖縄県庁前のホテル。那覇市国際通りもすぐ近くです。
国際通りはショッピング・グルメ・アミューズメントが充実しており、さながら新宿歌舞伎町を思わせます。
8月末日ですが多くの外国人が通りにひしめいており、歩くのも困難なほどの混雑ぶりでした。

~沖縄県庁~


人生初の沖縄へ。
今回の目的は観光ではありません。
沖縄空手の源流に触れること。
これまで研究してきた『武備志』や『手ティー』について、実際に沖縄の先生から学ぶこと。
そしてもうひとつ、琉球八社沖宮への訪問。
かつてご縁をいただき、ブサーガナシーを授与していただいた場所です。
現在、ブサーガナシーは永心武館において武道の守護と道場の象徴として大切にお祀りしています。
今回の沖縄行きでは、そのご縁への感謝を直接お伝えすることも大きな目的でもあります。




~那覇空港には空手着のオブジェもあり、空手発祥の地としてのアピールも大~
1.空港からレンタカーで一路、沖縄空手会館へ。 ⇒ 沖縄空手会館
沖縄空手会館とは『沖縄空手』を独自の文化遺産として、保存・継承・発展させ、〝空手発祥の地・沖縄〟を国内外に発信し、伝統空手の真髄を学ぶ拠点となる施設 となっています。
会館内は道場と展示資料館があり、特に資料館には空手の歴史やまつわる道具などの展示物が多数あって、二時間やそこらでは物足りないぐらいの内容でした。
武道場で稽古をした後なのかコスプレなのか、外国の方が稽古着姿で複数名資料館にいらっしゃり、興味深く資料をのぞき込んでいました。
琉球独特の武術〝手ティー〟は、メソポタミア地方やトルコ地方にあった拳法の技がシルクロードを経て、インド、中国、そして琉球へ渡り〝手ティー〟に影響を与えて〝唐手〟へと昇華されました。その他東南アジアの国々の武術も同様に沖縄空手に影響を与えたと思われます。

~武道場入り口~


~資料館入り口~

~資料館~


~歴代の偉大な先人~

~空手会館名物 〝空手そば〟~
名物空手そばは、鰹だしのスープに腰が入った(空手だけに)麺が特徴だそうで、昆布は黒帯をイメージしているとのことです。
麺も大盛りまで選択できますが、今回は並にて。
おいしゅうございました。
空手会館は豊見城趾公園にあってそこからは見晴らしも良く、景色も楽しめます。
外には特別道場(守禮乃館)があります。特別な演武の時だけ解放されるそうで、写真を撮りに行きましたが、テレビの撮影中で残念ながら近くに寄れませんでした。

~特別道場(守禮乃館)~
2.程なくして会館を離れ、首里城へ向かいます。 ⇒ 首里城 ‐ 琉球王国の栄華を物語る 世界遺産 首里城
琉球王朝時代の武士は現在の空手の源流である〝手ティー〟が必修であることから、この地で稽古に励んでおられたのかと胸が躍ります。
残念ながら守礼門には表題がついておらずでしたが、これはこれで珍しいのではと思います。
正殿は2019年10月31日に焼損しましたが、本年11月23日に再建し一般公開が開始されるようです。
外壁の作りなどからみて戦闘するための城ではなく、やはり守礼の心を感じさせる城で、ここでも〝空手に先手なし〟の礎が見て取れます。
正殿を過ぎて東のアザナまで登ると、琉球の空と海と街が見渡せ、その長い歴史と文化を感じることができました。

~守礼門~

~正殿前の〝奉神門〟~

~改修中の正殿~



~展望台〝東のアザナ〟~
3.首里城を後にし、那覇市内へ向かいます。 ⇒ 那覇市国際通り商店街 -
今回の宿泊地は沖縄県庁前のホテル。那覇市国際通りもすぐ近くです。
国際通りはショッピング・グルメ・アミューズメントが充実しており、さながら新宿歌舞伎町を思わせます。
8月末日ですが多くの外国人が通りにひしめいており、歩くのも困難なほどの混雑ぶりでした。

~沖縄県庁~


二、外間先生と上地宮司様とのご縁
1.【武備志】と【手ティー】の〝学び〟を求めて
2026年8月31日(月)~9月1日(火)
本日は、空手殿堂入り・沖縄剛柔流拳志会会長・沖縄空手博物館館長の外間哲弘先生のもとへ。
外間先生は〝武備志〟の生き字引でもあり、それを体現しながら道場でもご指導されていらっしゃいます。
私はこの武備志を10年強研究を続け、自身の空手に落とし込んでおりますゆえ、今回外間先生にご教示いただけるのを楽しみにして参りました。
そもそも〝武備志〟とは、中国明代に芽元儀が1621年に編集した兵書を指します。
沖縄空手の武備志はそれとは異なり、南派少林拳の永春白鶴拳の古拳書で約150~200年前のものと考えられています。
沖縄空手の武備志は剛柔流開祖宮城長順先生が所持し、『拳之大要八句』の〝法剛柔呑吐〟より剛柔流と命名されたのは周知の通りです。
一方で、首里を中心にして別ルートで伝わった武備志の存在もあり、古くから首里手系の空手人は武備志の研究・解釈のうえに沖縄特有の空手武術書を作成し、密かに伝承してきたとも考えられています。
沖縄空手の武備志の内容は拳術にとどまらず、薬学、医術、身体調整法、孫子兵法と多岐にわたります。
つまり単なる武術書ではなく、〝人が生き残るための知恵と技術と思想〟であると思います。
外間先生には稽古前に掛け軸への書をいただきました。
〝武を学びて 己を磨き 人を成す〟
書き終えたのち先生が「これは誰の言葉かね?」とおたずねになるので「自分で考えた座右の銘です」と申し上げますと「ほう、よく考えたね」とお褒めの言葉を頂戴しました。
外間先生ほどの達人ですと、ありとあらゆる格言や名言をご存じであり、数多くの言葉を書になさって来たはず。
その方よりお褒めいただき且つ、自身の座右の銘が外間峻岩道人の作品として形になったことは実に感無量であります。
掛け軸は今後家宝として、永心武館の道場に末代まで掲げさせていただきます。

その後、先生との稽古中はいとも簡単に投げ飛ばされながら、『これが武備志です』と解説くださいます。
最初は ? なんですが、次第に意味がわかってきました。
やはりそこには究極の【武術】が存在するのです。
武備志がそうであるように、人が生きるため、生き残るための術(すべ)をこの稽古から体現できました。
これは外間先生に稽古をつけていただかねばわかり得ないことで、ただ武備志を読み進めていくだけでは到底理解できない〝学び〟がありました。
稽古後は質疑応答にもお時間を割いていただき、琉球武術の祖型【手ティー】について学ばせていただきました。
この【手ティー】に関しても私は体術の一つとして興味があり、自身の空手の手段として研究をしております。
もともと琉球には空手の原型である【手ティー】と呼ばれる武術があり、琉球武士はたしなみのひとつとして【手】が必要で、各地の城には古武術の棒なども普及し、それ独自の型などが伝承されていました。
やがて【手】が中国武術と融合し【唐手】に、その後【空手】へと変化していきます。
沖縄県空手博物館は外間先生が1987年に資料展示室と道場を兼ねて開館されました。
莫大な、しかも貴重な資料・写真・武具があり、1日ではとても細部まで見切れません。
個人的には、本物のブサーガナシーの絵を間近で拝見できたことが印象的でした。
学び多き拳志会道場での稽古、そして外間先生のお人柄に触れることができ実に有意義な時間を過ごしました。

沖縄県空手博物館 沖縄剛柔流空手道古武道拳志会本部道場





松濤館流開祖 船越義珍先生の説明文の前にて






〝九天風火院三田都元帥(ブサーガナシー)〟の壁画

稽古を終えて
2.琉球八社【沖宮】訪問と上地宮司様との面会
空手博物館・拳志会道場を後にし、次に向かうは〝琉球八社【沖宮】〟へ。
私が研究する〝武備志〟には先に挙げた〝九天風火院三田都元帥(ブサーガナシー)〟が掲載されています。
剛柔流開祖 宮城長順先生が〝武備志〟を大切になさっていたことから、このブサーガナシーを武道神としてお祀りされ、これにより現在でも剛柔流系道場ではブサーガナシーをお祀りしているところがあるようです。
私も研究する武備志からブサーガナシーを武道神としてお祀りしたいと考えていた頃、琉球八社沖宮上地宮司様が、沖縄が空手と共に世界平和を築いていく役割を果たすべく邁進されているお姿を知り、私も共感すべくご連絡をさせていただきましたところ、そういうことでしたらとブサーガナシー像を授与いただける運びとなりました。
沖宮では空手を中心にスポーツなども武道神としてお祀りされていることでも有名で、世界中の空手人や国内プロスポーツ選手も集まる場所でもあります。
今回はお忙しいところお時間を割いて頂き、面談が叶いました。
上地宮司は見てのとおり豪快で芯が通った、そしてとてもお優しいお人柄の方です。
今の時代こそ空手をひとつに(one karate)、船越義珍先生が説いた【空手に先手なし】の精神をいま一度礎にすれば自ずと争いはなく、その輪が広がれば世界平和へと繋がっていく。
自分が空手を通して如何なる社会貢献ができるかわかりませんが、小さなことから普及していければと思います。

中央の〝ブサーガナシー像〟をはさんで記念撮影
2026年8月31日(月)~9月1日(火)
本日は、空手殿堂入り・沖縄剛柔流拳志会会長・沖縄空手博物館館長の外間哲弘先生のもとへ。
外間先生は〝武備志〟の生き字引でもあり、それを体現しながら道場でもご指導されていらっしゃいます。
私はこの武備志を10年強研究を続け、自身の空手に落とし込んでおりますゆえ、今回外間先生にご教示いただけるのを楽しみにして参りました。
そもそも〝武備志〟とは、中国明代に芽元儀が1621年に編集した兵書を指します。
沖縄空手の武備志はそれとは異なり、南派少林拳の永春白鶴拳の古拳書で約150~200年前のものと考えられています。
沖縄空手の武備志は剛柔流開祖宮城長順先生が所持し、『拳之大要八句』の〝法剛柔呑吐〟より剛柔流と命名されたのは周知の通りです。
一方で、首里を中心にして別ルートで伝わった武備志の存在もあり、古くから首里手系の空手人は武備志の研究・解釈のうえに沖縄特有の空手武術書を作成し、密かに伝承してきたとも考えられています。
沖縄空手の武備志の内容は拳術にとどまらず、薬学、医術、身体調整法、孫子兵法と多岐にわたります。
つまり単なる武術書ではなく、〝人が生き残るための知恵と技術と思想〟であると思います。
外間先生には稽古前に掛け軸への書をいただきました。
〝武を学びて 己を磨き 人を成す〟
書き終えたのち先生が「これは誰の言葉かね?」とおたずねになるので「自分で考えた座右の銘です」と申し上げますと「ほう、よく考えたね」とお褒めの言葉を頂戴しました。
外間先生ほどの達人ですと、ありとあらゆる格言や名言をご存じであり、数多くの言葉を書になさって来たはず。
その方よりお褒めいただき且つ、自身の座右の銘が外間峻岩道人の作品として形になったことは実に感無量であります。
掛け軸は今後家宝として、永心武館の道場に末代まで掲げさせていただきます。

その後、先生との稽古中はいとも簡単に投げ飛ばされながら、『これが武備志です』と解説くださいます。
最初は ? なんですが、次第に意味がわかってきました。
やはりそこには究極の【武術】が存在するのです。
武備志がそうであるように、人が生きるため、生き残るための術(すべ)をこの稽古から体現できました。
これは外間先生に稽古をつけていただかねばわかり得ないことで、ただ武備志を読み進めていくだけでは到底理解できない〝学び〟がありました。
稽古後は質疑応答にもお時間を割いていただき、琉球武術の祖型【手ティー】について学ばせていただきました。
この【手ティー】に関しても私は体術の一つとして興味があり、自身の空手の手段として研究をしております。
もともと琉球には空手の原型である【手ティー】と呼ばれる武術があり、琉球武士はたしなみのひとつとして【手】が必要で、各地の城には古武術の棒なども普及し、それ独自の型などが伝承されていました。
やがて【手】が中国武術と融合し【唐手】に、その後【空手】へと変化していきます。
沖縄県空手博物館は外間先生が1987年に資料展示室と道場を兼ねて開館されました。
莫大な、しかも貴重な資料・写真・武具があり、1日ではとても細部まで見切れません。
個人的には、本物のブサーガナシーの絵を間近で拝見できたことが印象的でした。
学び多き拳志会道場での稽古、そして外間先生のお人柄に触れることができ実に有意義な時間を過ごしました。

沖縄県空手博物館 沖縄剛柔流空手道古武道拳志会本部道場





松濤館流開祖 船越義珍先生の説明文の前にて






〝九天風火院三田都元帥(ブサーガナシー)〟の壁画

稽古を終えて
2.琉球八社【沖宮】訪問と上地宮司様との面会
空手博物館・拳志会道場を後にし、次に向かうは〝琉球八社【沖宮】〟へ。
私が研究する〝武備志〟には先に挙げた〝九天風火院三田都元帥(ブサーガナシー)〟が掲載されています。
剛柔流開祖 宮城長順先生が〝武備志〟を大切になさっていたことから、このブサーガナシーを武道神としてお祀りされ、これにより現在でも剛柔流系道場ではブサーガナシーをお祀りしているところがあるようです。
私も研究する武備志からブサーガナシーを武道神としてお祀りしたいと考えていた頃、琉球八社沖宮上地宮司様が、沖縄が空手と共に世界平和を築いていく役割を果たすべく邁進されているお姿を知り、私も共感すべくご連絡をさせていただきましたところ、そういうことでしたらとブサーガナシー像を授与いただける運びとなりました。
沖宮では空手を中心にスポーツなども武道神としてお祀りされていることでも有名で、世界中の空手人や国内プロスポーツ選手も集まる場所でもあります。
今回はお忙しいところお時間を割いて頂き、面談が叶いました。
上地宮司は見てのとおり豪快で芯が通った、そしてとてもお優しいお人柄の方です。
今の時代こそ空手をひとつに(one karate)、船越義珍先生が説いた【空手に先手なし】の精神をいま一度礎にすれば自ずと争いはなく、その輪が広がれば世界平和へと繋がっていく。
自分が空手を通して如何なる社会貢献ができるかわかりませんが、小さなことから普及していければと思います。

中央の〝ブサーガナシー像〟をはさんで記念撮影
三、旅を終えて
二泊三日の旅とはいえ、沖縄滞在時間はわずか50時間。
観光や沖縄料理を味わう時間はありませんでしたが、自身の空手の人生観を変えた、そして学び多き旅となりました。
今回の主たる目的である〝武備志〟〝手ティー〟の探求と永心武館武道神ブサーガナシーが祀られる『沖宮』への訪問。
思えばこのブサーガナシーがすべてのご縁を引き寄せてくれたように思います。
しかしながら〝武備志〟に関してはまだまだ探求することが多く、研究は尽きません。
空手という拳術を学ぶということは、それを取り巻く多くのことを学ぶ必要があり、ゆえに多くの歴史や思想が空手には存在し、人から人へ受け継がれてきた〝遺産〟でもあります。
この奥深き文化遺産に触れ、学べる環境に感謝しつつ、今後は自身のそして永心道空手を発展させるべく、さらなる研究と稽古に励む所存です。
外間先生による【武備誌】と【ブサーガナシー】についての解説はこちら→
https://youtu.be/A8jlp3p_fDI?si=iCdTM_zkYXalJIDV
観光や沖縄料理を味わう時間はありませんでしたが、自身の空手の人生観を変えた、そして学び多き旅となりました。
今回の主たる目的である〝武備志〟〝手ティー〟の探求と永心武館武道神ブサーガナシーが祀られる『沖宮』への訪問。
思えばこのブサーガナシーがすべてのご縁を引き寄せてくれたように思います。
しかしながら〝武備志〟に関してはまだまだ探求することが多く、研究は尽きません。
空手という拳術を学ぶということは、それを取り巻く多くのことを学ぶ必要があり、ゆえに多くの歴史や思想が空手には存在し、人から人へ受け継がれてきた〝遺産〟でもあります。
この奥深き文化遺産に触れ、学べる環境に感謝しつつ、今後は自身のそして永心道空手を発展させるべく、さらなる研究と稽古に励む所存です。
外間先生による【武備誌】と【ブサーガナシー】についての解説はこちら→
https://youtu.be/A8jlp3p_fDI?si=iCdTM_zkYXalJIDV



